USCPAその後、経理転職その後

コンサルファーム→BIG4会計事務所→東証一部上場メーカー経理。米国公認会計士(USCPA)。海外行きたいけど、当面、国内勤務。中途半端な英語をモノにしたいと日々考えたり動いたり。

【回想】会計事務所から事業会社経理への転職② 初めての転職から1年半が過ぎ…BIG4を辞めた理由

この回想企画ですが、なんと1回目を書いたきり1年以上更新してませんでした。

何故か奮いたつものがあり、また続きを書こうと思います。

 

前回は、初めての転職の話を書きました。

経理とコンサルを両方希望しながらも、結局は経理職はすべて書類選考で×をくらい、逆に思いの他すんなりと内定までたどり着いたBIG4税理士法人税理士法人といっても申告書作成等ではなく、コンサルティングサービス部隊でした。実態としては一社目と似たような仕事をすることになりました。

 

この前も書きましたが、コンサルからコンサルへの転職は相性がいいです。場合によっては選考ステップも形ばかりで実質的に引き抜きのような形でサラリと次の会社に移ることも多いです。

さて、私の話に戻りますが、BIG4で働き始めて、そこでの働き方は非常に自分に合ったものでした。

・朝は自由な時間に出社。

・漫画喫茶のオープン席のような高い仕切りのついた広い机。

・打ち合わせさえなければ、仕事は自宅でやっても問題なし。

・会社のブランド。大体誰でも知っている。

・クライアントも誰もが知っている有名企業が中心。

・仕事内容も学問的に面白く、突き詰めるほど自身の価値が上がる

・残業は青天井。頑張れば給与明細はすごい額に。

などなど。つくづくこの会社に入ってよかったと思いましたね。

 

でも、ご存知の通り、私はこの会社にはいません。

結局、一年半で辞めました。

 

なんで辞めたんだっけ?

 

理由はいろいろありますが、いちばんはこれでしょうね。

 

とにかく忙しすぎる。

 

上に書いたような浮かれた気持ちでいられたのは最初の3カ月程度。試用期間が終わると同時に恐ろしい日々が始まりました。

連日の徹夜や土日出社は当たり前。正月も1月2日には出社して徹夜。クライアントを両手の数ほど同時に持たされ、一つのクライアントが閑散期になってももう一つが炎上の繰り返しで気持ちの切れ目がないし休みが取れない。

もちろん組合なんてないので、経営陣であるパートナーが売上至上主義になると歯止めが利かない組織になります。

難しいのは、ブラック企業か?と聞かれるとそうではないんです。

残業代はいつもフルで出てましたから。今考えるとすごい額の給料もらってました。

でも、どれだけお金をもらっても全然幸福感がなかった。

趣味の運動もやめ、旅行先にもPCが手放せず、新聞も読まなくなる。

 

お金はいいから、とにかく休みたい。

かなり、ボロボロな状態でした。

 

まわりもどんどん辞めていき、自分が入社して半数ちかく入れ替わったのではないだろうか。

 

しかし、仕事は容赦ありません。

最終的なきっかけは、

 

私が連日の朝帰りの末、クライアントのレポートを仕上げ一息ついた翌日。

「新しい契約が入ったからまたよろしく!」

一見して、休む間もなく徹夜が約束された重い案件。

 

疲れ果てた気持ちにこの「おかわり」は耐えられそうになかった。

 

擦り切れて捨てられる前に、ここを出よう。

それが、二回目の転職の始まりでした。

 

次の記事ではないと思いますが、つづきます。